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    正義のセは世間のセ

    • 2018.05.16 Wednesday
    • 11:59

    JUGEMテーマ:人生論

    結局「御都合主義国家の終焉」でも書いたが、

     

    1.日本は国家形成が早く統一規範としての宗教の必要性がなかった。

     

    2.日本は海外の文化を器用に取り入れここまで発展した。

     

    という良いとこどりならぬ都合の良いとこどりの通説が崩壊し始めたという事だ、詰まり日本は付け焼き刃の似非だという事です。

     

    正義を曲げないと生きて行けない日本、

    世間に阿らなきゃ生きて行けない日本、

    妥協しなきゃ生きて行けない日本、

     

    価値相対主義という御都合主義、

    反知性主義という情緒至上主義、

    忖度という世間への阿り、

     

    皆我慢を余儀なくされている。

     

    今回の佐川元事務次官の答弁、柳瀬元秘書官の答弁を見ていると、

    今迄は弱い日本人に強く生きろって怒鳴りたくなったが、今では逆にシステムを変えない限りこの悲劇は繰り返されるとも思い始めた。

     

    結局彼等は所属する世間の正義を貫いているだけなのである、彼等にとっては仕事をしているだけなのだ。

    所謂優等生ならではの間違いなのである、見方を変えれば彼等は優等生のロールモデルでもあり同時に彼等もこの世間の被害者とも言えるのだ。

     

    皆、正義を曲げなきゃ生きて行けない社会、世間に阿らなきゃ生きて行けない社会、妥協しなきゃ生きて行けない社会に嫌気がさしてるんじゃないのだろうか、佐川君も、柳瀬君も、前川君も一緒だと思う、何故彼等だけに正義を貫けと要求出来るのだろうか?

    皆究極の選択を迫られたら世間に阿るだろうし、妥協するだろう、正義だって曲げるだろう、何せ事勿れの長いものには巻かれろの日本人なんだから、他人ばかり責めないで胸に手を当てて考えてみたらどうだ、自分なら潔く真実を述べ辞められるかって。

     

    これなのだ、日本人が皆意地悪な原因ってのは、自分だけ要領良く生き残ろうとするから他人の不幸は我が身の幸せになるんだと思う。

     

    頭が良いより小利口な奴等が出世する世界、安倍と麻生見てりゃ分かるだろう。

     

    これだけ言っても、正義すら相対化する日本で、世間こそが正義であり、一番大きな世間に属する人間が必ず勝つシステムをどうにかしようとするどころか、その一番大きな世間にどうにかして入り込もうとするのが日本人なのだ。

     

    今回財務大臣副総理迄が後で詫びて訂正したものの、個人的な意見と世間的な意見は違うと言い放った。

     

    個人の正義は無視され世間の正義がごり押しされる社会と世間の二重構造こそが諸悪の根源である。

     

    今回のセクハラにおける麻生大臣の発言と佐川、柳瀬の虚偽答弁の件は日本の最大の特異体質である社会と世間の二重構造を図らずも如実に捉えている、これこそが日本人の文明化を阻んでいる最大の要素と言っても過言では無い。

    個の確立こそが文明化の要だという時に、未だに日本が前近代中世社会のままなのはこの社会と世間の二重構造を看過するからだ。

     

    俺の70年の人生の完全否定もさる事ながら、現在見られる改憲騒動、右傾化等時代逆行の動きは到底受け入れられるものではなく、団塊の世代が生きた時代だけが辛うじて平和だったという皮肉な結果に終わった事は誠に残念でならない。

     

    でも佐川と柳瀬の虚偽答弁を見ても、本人が悪いと言い続け、この世間に阿らなきゃ生きて行けないシステムを変えようともしない日本人の無責任さ、蚊帳の外症候群、当事者意識、参画意識の欠如には辟易される。

    自分が同じ立場だったら正直に話すとでも言いたげではないか偽善者どもは。

    幾ら阿部謹也先生が、世間を壊すのは不可能です、西欧の個人と日本の個人は違うのです、遅れではなく違う文明文化なのですと言っても、言い訳に過ぎず、個が確立出来ない限り日本は前近代、中世社会のままに変わりはない。

    学者が言い訳に終始する国に未来があるわけがない。

     

    それにしても阿部謹也先生の世間肯定論には実に失望させられた、結局日本の学者は日本の遅れを指摘してはいけないと圧力が掛かってるとしか思えない、俺の親父叔父はたまた祖父に至るまで言い訳を言わなかった学者は居ない。

    普遍主義を否定してまで日本の無謬性を主張するのは間違っている。

     

    でも正義すら相対化して世間こそが正義な社会を変えない限り、この佐川、柳瀬虚偽答弁の恥ずべき茶番は繰り返すってのに、何故もっと建設的な意見が出ないのか不思議だ日本人って生き物は。

     

    世間を肯定する阿部謹也先生の説は、今回の麻生大臣の個人的意見と世間的な意見は違うという発言と、佐川、柳瀬虚偽発言に見られる、世間の正義が個人の正義に優先されるという正義の相対化を許容する事なので受け入れる事は到底出来ない。

     

    近代文明が普遍主義で構築されていてそれに基づいて憲法が制定されているにも拘らずここまで普遍主義を拒絶する。

    阿部謹也先生にまで自由意志か強制か知らんが世間肯定論を吹聴させる。

    日本は自由よりも寧ろ秩序を好むイスラムと同じだと以前書いたがイスラムを自由主義に改宗するのと同じ位難しい。

     

    要するに普遍主義を否定する日本はイスラム社会と一緒、

    聖俗一致で普遍主義を否定するイスラム社会、聖俗未分離で普遍主義を否定する日本、自由より寧ろ秩序を好むと言う点で似ているがイスラムは自分の意思、日本は未開だからの違い恥ずかしいとも思わない恥ずかしい人種が日本人だ。

     

    結局近代文明が普遍主義で構築されている事実を無視してまで大学者が世間を肯定する異常さを国民が理解しないのだから絶望と言っても過言ではない

    今回のような嘘がまかり通り一件があっても気が付かない馬鹿な日本人。

    世間に阿らなきゃ(忖度)生きて行けないシステムを残しておいて忖度する人間を幾ら責めても何ら問題は解決しない。

     

    矢張り何回も言うが、ここまで普遍主義を拒絶して残る統一規範は右傾化か左傾化しかないのだよ、何れにせよ自由は期待出来ないのだから、残された道は我慢するか逃げるかしかない。

     

    俺は逃げたし、皆様にも逃げる事をお勧めする次第です。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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