責任感からの開放

  • 2011.08.16 Tuesday
  • 05:33
JUGEMテーマ:人生論
昨日スティッカムjpで配信中に実に不思議な事が起こった、終戦記念日だったので硫黄島の話が出て、仲間が青山さんの硫黄島のユーチューブを貼って呉れたので観ていた矢先だった。
配信中どこからともなくカサカサカサカサと音がするので部屋中歩きまわったが、みつからない、まるで電灯の笠の中で虫が暴れてる音なのだが、何も見当たらない。
そのうち英霊の話しになり背筋に寒いものが走り、これは霊じゃないかと思い出した、参加者全員が何か不思議なものを体験していた。
済んでからツイッターに書き込んだまでは良かった、

 kyoshiro2067 kyoshiro2067
今日配信中に終戦記念日なので硫黄島の話しをしていたら、部屋のどこからとも無くカサカサする音が聞こえて来て、参加者に言われるままに水を汲んで供えたら止んだ。どうも霊を呼んでしまったらしい、日本時間の12時から戦争で犠牲になった英霊の為に黙祷を捧げたいと思います素晴らしい体験だった。
6時間前 お気に入り 返信 削除

その朝僕は柳田國男の敗戦についての言葉を自分のpcをサーチすると共に、朝柳田國男と敗戦でググっていて、たまたま配信が済んでから再び折口信夫のウィキを見ていたら、朝は読み過ごしてしまった硫黄島の事が出てるではないか、それこそ復たびっくりしてしまった。

「柳田は折口より十二歳年上であったが、共に1945年(昭和20年)の敗戦時には60歳を既に迎えていた。
その戦後のこと、重い口調で柳田は折口に話しかけたという。「折口君、戦争中の日本人は桜の花が散るように潔く死ぬことを美しいとし、われわれもそれを若い人に強いたのだが、これほどに潔く死ぬ事を美しいとする民族が他にあるだろうか。もしあったとしてもそういう民族は早く滅びてしまって、海に囲まれた日本人だけが辛うじて残ってきたのではないだろうか。折口君、どう思いますか」その問いにしばらく両者深く思い沈んでいたという。折口には、18年間共にした養嗣藤井春洋の硫黄島玉砕という重い出来事があった。その追悼の念は徹底的で、敗戦の詔を聞くと四十日間喪に服し、自分の死ぬまで遺影前の供養を欠かさなかったという。第二次大戦で失った戦死者の鎮魂は大きな課題で、戦没者が生前に殉じる価値を見出そうとした皇国などといった概念も天皇の人間宣言とともに潰え果てたのである。柳田も日本人の神や魂といった問題意識は共有していて、折口は後その問題を「民俗史観における他界観念」という著に収斂させていくこととなる[2]。」
僕は祖父がそんな事迄考えていたのかと思って驚愕するとともに、昨日書いた日記で祖父の言葉を繋ぎあわせるとやはり完全に日本の遅れを指摘している事を書いたからでもある。
つまりどうもても自分の無い日本人は独立国として或いは主権国家として今のままでは残りようがないのである、配信でも何回もそのうち、中国の自治区になるかアメリカの52番目の州になるかしか選択肢はないのかと再三再四に亘って問いかけていたのだ。
僕は今までは祖父の名誉を守る為に日本の特異体質を論い、個の確立を説いて来た積りであり、謂わば柳田國男の所謂第二部を引き継いで来た積りであったのだが、ここの来てマイナスの結論に達してしまい戸惑いを覚えていたところだったのである。

僕は祖父も薄々このマイナスの結論を祖父自身が導きだしている事に気が付いているのじゃないかと感じていた矢先だったので、びっくりすると同時に安堵感があったのも事実である。
「これほどに潔く死ぬ事を美しいとする民族が他にあるだろうか。もしあったとしてもそういう民族は早く滅びてしまって、海に囲まれた日本人だけが辛うじて残ってきたのではないだろうか。」

この全面勝利か玉砕かの二分法が聖俗未分離の最大の特徴であり、これを続ける限り遅かれ早かれ日本は消滅すると言う僕の説とも一致するし、祖父の結論も同じだったと言う事を知り、ある意味で責任から開放された。
 

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  • 2017.08.27 Sunday
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