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    敗戦の原因、全と無の二分法

    • 2011.08.15 Monday
    • 06:02
    JUGEMテーマ:人生論
    柳田國男がかつて、「敗戦の原因は100年経たないと判らない」というような事を言ったが、以前も書いたがルースベネディクトが日本に一度も来る事なく恥の文化でお馴染みの『菊と刀』を著したように、敵は和魂を知り尽くしていた傍ら、日本と言えば敵国語を使用する事を禁じ野球のセーフをよしと呼んでいたのである。

    つまり、相手を知らな過ぎるのである、その状態は今でも何ら変わっちゃいない、日本人は近代文明を知らな過ぎるし、又知ろうともしない。
    日本は和魂洋才と言って洋才だけを輸入し、洋魂は天皇制と競合するので輸入せず、その代わりに国家神道をでっちあげ、敗戦に導いたのは揺ぎ無き事実でもあり、以来洋魂を知ろうともしないのである。

    4月26日の日記で自虐と美化の二分法と言うタイトルで書いた通り、僕は日本人の善と無の間を行ったり来たりする、聖俗未分離つまり個=1が括り出されていない状況は日本人にとって致命的だと思っている。
    これが有る限り、日本人は科学的に論理的にものごとを考える事が出来ないのである、つまるところ第二次世界大戦に負けたのもこれが原因だったと言っても過言ではない。

    今回の原発事故しかりである、何故日本には原発推進か脱原発の二分法しかないのか、これこそ聖俗未分離、全か無か、オールオアナンの特徴ではないのか。

    僕は哲学的には西欧普遍主義をとっているが、政治的には大和民族党であり、幾らフリーメイソンを信じていても鳩山さんのように拉致加害者支援団体に献金するような国益に反する行為は断じて許せない、謂わばマイルド桜チャネルみたいなものだ。

    確か五木寛之さんの言葉だと思ったが「記憶と記録」と言うように、記録は変えられても記憶は変えられない、つまり、いくら南京大虐殺はなかった、南京の人口は20万人だから30万人は殺せないと言っても、中国人にとって30万と言うのは只単に大量と言う意味でもって八百万の神と一緒である、ましてや敗戦国の日本が東京裁判で良い様に扱われたと言っても、負けは負けである。

    それに、靖国神社参拝とアーリントン墓地にお参りするのを同次元で捉えるのも、いくら新仏習合だったとは言え難しい。
    アーリントン墓地はあくまでも墓地であり、靖国神社は人間を神格化した神社である、あそこに祀られている戦没者だって地元に帰れば墓がある筈であり、墓参りと神社へのお参りは違うだろう。
    この糞味噌一緒を西洋人に理解せよと言っても、難しいと思うし、戦勝国にとってはA級戦犯合祀は願ってもない攻めどころである。
    つまりこの全か無か、一か八か、当たるも八卦当たらぬも八卦の糞味噌一緒の状況が第二次世界大戦の敗戦の原因でもあるのだ、全面勝利か玉砕かの二分法がそれを端的に表しているではないか。

    柳田國男は「神道はキリスト教が欧州を席巻する以前の世界の宗教である」と言った、つまりギリシャ神話と同次元の原始宗教なのである。
    つまりイタリアルネサンスでキリスト教をも科学し、デカルトが『方法序説』で二元論を唱える以前の中世のままなのである。

    又こうも言っている、「まず、『文化』とは何ぞやと言う事である。私などの意見では、文化は『改良』の意である。より良くなる事、つまり原始という語に対立するもので、従って『原始文化』の語自身が一つの矛盾であると思う。」
    つまり、神道を日本の文化であり、遅れではないと言い逃れする事は出来ないのである。
    この聖俗未分離の状況こそが日本の特異体質の原因であり、日本に於ける諸悪の根源だと言っても過言ではない。

    世の学者さん達は、これは文明の違いであり、文化の違いでありと遅れと言いたくないばかりに違いばかり強調するが、これを遅れと呼ばないでなんと呼べば良いのだ。
    つまり学会すら世間であり、学者も「甘えの構造」にどっぷり浸かり、言い訳、負け惜しみの内弁慶状態になっていると断言しても間違いは無い。

    学者さんは所謂世間を壊すのは不可能であると言うが、壊さないまでも依存心を捨てる位出来るだろうに、この依存心こそが日本人を独立から阻んでいる元凶なのだから。

    結論を言えば、聖俗未分離状態は、日本人を論理的思考から遠ざけ、科学的に思考、行動する事を阻んでいるのであり、これから脱却しない限り、日本では科学者すら非科学的であり、全てが似非、似て非なるものになってしまう、これこそが、日本の社会が外見だけは尤もらしく社会システム、教育システムを含む外来のもの全てが建前で内実陰湿で閉鎖的であり、閉塞感のある窮屈な原因なのである。
     

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