差別について

  • 2011.05.10 Tuesday
  • 07:51
JUGEMテーマ:人生論
違いばかり論う日本人なんて考えていて、ふと、柳田國男の言った「世界苦と孤島苦」と言う言葉を思い出した。
言わば、沖縄本島の人間は宮古島を馬鹿にし、宮古島の人間は波照間を馬鹿にすると言った内容だったと記憶しているー済みません僕は今でも悔やんでいますけど、豪州に思想的亡命(冗談)をした時に蔵書をすべて処分して、広辞苑と研究社の新和英大辞典と後少しの本だけしか手許に無いのです。ー

僕が沖縄のシンポジウムに母と一緒に招待された時、

「沖縄で感じた事は、何と言っても、島の人達が、「本土」、「本島」と自己差別をし過ぎるという事である、その時私は「沖縄は小さな日本である」と思った。これが後に、祖父の言っていた「孤島苦と世界苦」だと知ってどんどん祖父の学問と言うよりも、祖父の考えていた事に興味が深まり、のめり込む直接の引き金になったのである。その時迄「青年と学問」すら読んだ事が無かったのである。もう一つの大きな発見は、「桃太郎の誕生」は祖父がボティッチェリの「ヴィーナスの誕生」をイタリアで鑑賞しながら思い付いたという事である。自分があれだけイタリア・ルネサンスに惹かれ理由がこの時初めって解ったのである。」

と書いた様に、

僕が柳田國男を継承する会のHPに「沖縄発見の意義」と題して、
「それは「世界苦と孤島苦」 という言葉に全て含まれている。
柳田國男が何故沖縄の研究に拘ったか。
幼少時における二つの原体験、鵯、絵馬 、から流れる二本の流れ、― 不可視のものと可視のものとの二つの流れとでも言おうか ― それらの流れが、國男の内でいつの日か、「信仰」と「世間」に対する疑問という二つの流れに育ち、それが沖縄で合流したのである。」

と書いたが、

日本人の違いばかり論う気質、共通点を見出す努力をしない姿勢こそ、差別そのものの体質なのではないかと言う事である。
何回も言うようだが、日本はアメリカの人種の坩堝と違って色分けされておらず、建前、一民族一種族であり、水面下で陰湿な差別及び苛めが行われているのだ。
これはあの自殺したフィリピン人の混血の明子ちゃんの報道で混血だと言う事が殆ど報道されていないと言う事でもわかる、これは何故肉屋の業界ばかりあれだけの不正がまかり通っているのかと同じだと思う。
 

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  • 2017.08.27 Sunday
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