現在の心境

  • 2011.05.30 Monday
  • 14:44

 血液検査の結果が芳しくないのでこの時点での僕の気持ちを記しておきたい。

詳しくは僕のHPの「自己求心中心」の第三部をご参照頂きたいが、僕の病名は原発性マクログロブリン血症と言って簡単に言うと多発性骨髄腫とリンパ腫の間にある奇妙な不治の病である。
"http://transaslclub.web.fc2.com/"

この癌の宣告は天からの試練みたいなもので、国籍を超え、年齢を超え、性別を超えなんて普遍性追求の旅とばかりいい気になっていたから、天から与えられたみたいなもので、自伝にも書いたが、神は僕の事なんかお見通しで、俗に、「神は超えられない試練は与えない」と言うが、その通りである、僕に子供が出来ないのも、僕に子供を育てる能力が欠けてるからだし、今度の癌の宣告が秒刻みの死の宣告じゃなかったのも、僕がへたれで、弱いからに相違ない。
"http://yanagitakunio.web.fc2.com/kokuhaku.html"

僕は小学校の時小田急線にはねられて一度死線をさまよっているので死ぬのは怖くないが、女房だけは悲しませたくない。
もうこの日本人の意気地なしのおっさんは居なくてもいいと女房が思うまで傍に居てやりたいのだ。
今までにこれ程まで僕によくしてくれた女性は居ないし、僕に人を愛することを教えてくれた人間でもある、それも年齢も国籍も育った環境も全く違うにも関わらずである。

僕が夕べ女房に「僕は病気で長生きして君に迷惑掛けたくないんだよ」と言うと、「健やかなる時も、病むときも死が二人を分かつ迄って言うでしょ」と言われてしまったが、毎回薬漬けで延命して薬代ばっかかかったら折角女房が昇給しても追いつけないし申し訳ないと思う。

病気の宣告を受けた時、いつ死んでもいいようにビデオメッセージでも残して置こうと思って居たことがあるが、余りにも元気だった為、スティッカム配信になってしまった経緯がある、でも何か形にして残してやりたいのだ。

元気だった頃は、って未だ死ねないが、僕の50までの自伝、所謂理念編の続きの女房と出合ってからの実践編に彼女との出会いから、彼女が大学を卒様して、公認会計士になるまでの葛藤と努力の軌跡を書き残したいと思っていた。

今のところ何一つ実現していないが、その内の一つでも実現していなくなりたいのである。

女房と出会ってどんなに幸せだったか言葉には言い表せない、二人でお互いの心の隙間風を防ぎ合って生きてきた11余年、僕が女房のお陰で第二の人生を楽しく過ごす事が出来た様に、彼女に少しでも恩返しがしたいのである。

まあ62才迄生きたし、家族と楽しく仲良くやってる訳でもなし、長生きして女房に迷惑掛けるのも嫌だし、やってる事だって祖父の事とか日本の特異体質をネットで書くだけで後はヤフーのチャット位で、小人閑居して不善をなすって奴だし、運命に任せるしかないのだが、
ある時、香港人のネット友達が、僕は女房と離れ離れになりたくないから飛行機に乗るのが怖いなんて話してたら、「あんたね道歩いてたって死ぬ時は死ぬ」と言われて、成るほどねと思ったが、愛する人が出来ると生に対する執着が増すのも確かである。
女房とは出来る限り別々に飛行機は乗らない、旅をする時は一緒と決めてあるが、こないだ女房に、俺は飛行機旅行が最近は怖いんだよと言って、その香港人の話をしたら、「あたしもね今日サッカーに出掛ける時、車運転してて、偶然そう思ったのよ」と言って、「まぁ神様が未だ生きてろって言う迄は大丈夫だよね」なんて言っていたら、「あたしも未だ生かされてる気がする」と言っていたから、女房の運命の方に賭けたい。

てなわけで近々女房がNYCを見たいと言うので、えっちら、おっちらNYC迄20時間も掛けて行って参りますが、もちおっちんじゃったら、国際個人学研究所拡散お願い致します。

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