魂才一致の勧め

  • 2017.05.09 Tuesday
  • 13:51

魂才一致の勧め


社会が変わらないなら自分が抜けるしかない


日本はどう見てももう一度鎖国時代に戻ってそれこそ国際社会から痛い目に遭わされないと目が覚めないみたいだし、筆者はそれに付き合っている時間も無いし、嫌ならやめるという方針から見ても筆者が日本人をやめるのが一番だと思います。

今迄「嫌ならやめろ」を座右の銘として生きて来た自分にとってイデオロギーが相容れない国民でいる事に忍びないのです、既に25年の考察から日本人の文明化は無理だと結論付けた今、最後に残されたものは国籍離脱しかない、日本人でいる限り傷付きまくるからです。

補足しますが日本人でいる限りこの論も個もない前近代社会、中世の癒着談合隠蔽の世界を見ている限り自分を傷付けるだけだし、移住すれば良いなんてのは甘い考えで、移民それも市民権獲得、国籍喪失届け提出までしなければ人生を完結出来ないのです。


海外移住にも色々あります、難民、移民、政治亡命等ですが、日本の場合難民、政治亡命には当て嵌まらないですが、政府から迫害を受けないまでも充分世間から受ける、日本人は警察が要らない程お互いに干渉しあって生きている不思議です、これで共謀罪でも成立すれば日本人を政治亡命で受け入れて呉れる国も出てくるかも知れません。


魂才一致の勧め


一般的に日本人は筆者が「女房みたいに洋魂洋才で育った人間はあっけらかんとしてますよ」と言ってもポカンとしてるしましてや、和魂洋才の弊害、脱亜入欧が間違っていた等と言おうものなら即セルフプロテクションモードに入る事請け合いって事、自分のの安寧を乱すなって顔して。

でも洋魂洋才の世界で生まれ育った女房と和魂洋才の世界で育った筆者の苦悩、困難、葛藤の量の差ってのが想像を絶するもんだって事は死ぬ前に是非皆さんに理解して頂きたいと思っています。


日本も早くネオ和魂一神論をでっち上げて和魂和才にするか、洋魂洋才の属国として隷属的立場を取るか考えた方が良い、日本会議がいくら知恵を絞っても今の和魂じゃ洋才は回らない。


女房も自分は世界情勢に余り関心ないのよねこれって変な事なのかしらって言うから、お前は洋魂洋才の環境で育った体制側で俺は和魂洋才の環境で育ったマイノリティーだからじゃないかって答えたけど、西洋人って実に呑気で良いよね、筆者みたいに人生こねくり回さないで済むから。


女房に「詰まる所黄色は白にはなれないって事よ」と言っても、今迄自分は白を意識して物事を考えた事が無いと言うし、洋魂洋才の環境で育った女房にとってそのことでアイデンティティークライシスに陥ることが無く実に屈託無く暮らしているという事です。


それにしても筆者の女房は良く働きます、これは幾ら感謝してもし過ぎるって事は無い、洋魂洋才の環境で育った女性がいかに屈託無く、ユニバーサルに動けるかってのをまざまざと見せ付けられる、ノマドもへったくれも無いこれだけはノマドを叫ぶ日本人が幾ら騒いでも否定は出来ません。


洋魂洋才の環境で育った女房が屈託も無く異国に来てリモートアクセスで海外サーバーに繋ぎ金を稼ぎ空いた時間は英語を教えて金を稼ぐ姿を見て、日本人の言うグローバルって一体何なんだと疑問に思わざるを得なかったですし、これが和魂洋才の弊害であり翻訳文化のオフライン文化だとも気付かず何の手も打たずにいるから尚更です。


今まで哲学的には普遍主義、政治的には大和民族党と言って憚らないし、そこには矛盾を孕んでいる事も承知していると言っていましたが、今回国籍を離脱する事により、その矛盾を取り払い、政治的にも普遍主義を採る事が出来た、今迄この大和民族という事が大きな足枷になっていた事を今更ながらに感じます。


これからはQOLの追求しかない


日本に見切りを付けたのが2000年、人は失われた20年とか言うが誰一人として取り戻そうとする人間がいない、「日本を取り戻す」とか菜っ葉の肥やしだけですし。


日本人に普遍主義を理解させるのは、イスラム教徒にクリスチャンになれと言ってるのと同じで無理だ、聖俗を分離する事で科学ひいては近代文明を発展させた西欧、聖俗一致を唱え普遍主義を拒絶するイスラム、聖俗未分離の前近代中世社会のまま残ってしまった日本、人為とは思えない程次元を超えているとツイッターでも幾度となく呟いたし、エッセイにも書いたし、それをアマゾンから出版もしたてな訳で、日本人の文明化は天地がひっくり返りでもしなけりゃ無理なので、筆者は当面は専らQOLのアップだけを考えて行きたいのです。


50の時に人格統合も兼ねて自伝をしたためましたが、そろそろ終活期に入る、マヌ法典で言や遊行期って言うのか、もう飽きましたウヨサヨごっこは、後は愛する女房に尽くして生きるしかないです。


日本の特異体質は考え尽くしましたし残るのは国籍離脱への道のりと、WM(血液ガンの一種)サバイバーとしての記録だけだ。

後は愛する女房に尽くすだけ、女房が居てくれたお陰で本当に救われましたし、これだけは幾ら感謝してもし切れないのです。

素晴らしいオーストラリアの医療システム

  • 2016.10.30 Sunday
  • 09:07

JUGEMテーマ:人生論

 

女房を通してオーストラリアに恩返しをしたい

 

今も女房が退屈したと言うので街まで散歩に出たが日曜日とあって静か過ぎてカフェでお茶する気にもならないので帰って来た。

 

元々が俺のリハビリの為に始めた散歩だが、週一の買い出しも一緒に行かなくなったので散歩は女房とのコミュニケーションの必須事項だった事を再認識させられる。

 

以前散髪して貰った時美容師のサムと市民権申請したよなんて話した事があるが、

 

サム「お前はもうこっち長いんだから当然貰えるだろう」と半ば困惑顔で言った。
自身がイタリアからの移民でも最近の移民政策には皆少しやり過ぎじゃないかと懐疑的なのだ。
俺「でも俺何もこの国に貢献してないからな」、「女房に代数教えて公認会計士にした位だ」と言って笑った。
俺「国家歌えないし」
サム「皆同じさ、2番まで歌える奴は滅多に居ない」

 

今迄は女房の幸せを通して自分の幸せを追求すると無私、滅私の境地に居たが、基本手には今も変わらないが、これからは積極的に恩返しをする事を考えなきゃならん。

 

何せ只で俺の血液がんを治療して呉れて、その上市民権まで呉れるって言うしこれ以上の事があるか?

 

教育システムの素晴らしさは以前書いたので今回は医療システムの素晴らしさを少し書きたい。

 

専門医にかかる為にはGP(General Practician)に紹介状を書いて貰う必要がある。

 

紹介状は通常一年で更新しなきゃならないが、GPが一筆indefiniteと書くだけで永久に通用するようになる。

 

たまに病院の受付の婆さんが次来るときは紹介状新しく持って来なさいと高飛車に言う事があるが、これはindifiniteだぞと言っても頑として聞かない、結局初診料を払わせるのが彼女らの使命らしい。

 

最悪な事にindefiniteの紹介状は同じ病気では同じ医者は一度しか発行出来ない規則があってGPを変える事を余儀なくされる。

 

大体こちとらホームドクターなんて洒落た人居ないからどうしようもなく、近所のクリニックで別のGPに依頼するっきゃ無い、専門医の結果はそのGPの所に戻らないと教えて貰えないから厄介である。

 

健康保険は歯科と眼科を除いて皆カバーされる、歯、目、ま○なんて言うから死活問題にもなり兼ねない。

 

バルクビリング(bulk billing)というシステムがあって医者が8.5掛けを受け入れれば保険が全てカバーして呉れる有難いシステムである。

 

又医者の裁量で薬が半額になる有難いシステムがある、医者には金持ち面して行ってはいけない。

 

今回ラッキーだったのは以前は政府から$14,000の補助を貰わなきゃならなかった俺の血液がん用の薬が保険でカバーされる様になっていた事である、これで10年延命出来ればその内新しい薬が認可されるというわけである。

女は怖い

  • 2015.07.04 Saturday
  • 17:09
帰国して1年半どうも前の女房が俺の事を悪く昔の仲間に吹き込んでいると見え皆俺に批判的になっているのに気付いたので50の時したためた自伝の抄を残しておく。

ハワイから戻ってからが大変だった。 空港に到着すると女房の両親は迎えに来ていたが、私の両親は元々息子の送り迎えする様な人間でないし、私の関係の人間は一人も居なかった。 そこには気まずい雰囲気がただよい、私達は挨拶もそこそこで別れた。 後で、女房が私を訪ねて来て、「第三者を立てて話し合いましょう」と言うので、私は、「そんな事をしたら、親戚の前で言いたく無い事迄言わなくちゃならなくなるけど良いのか」と言ったのである。 それ迄の彼女に比べかなり強気な発言で、周囲の人間に色々入れ知恵されたなとその時私が感じたからである。 私達の間には、私の浮気意外に彼女にも色々あり、私はその原因が全て自分にあり、全ては自分の責任であり、彼女の事は一切誰にも話さない様に決めていたので、彼女にもその事を理解させたかったのである。 慰謝料についても、その当時結婚六年間で貯まったお金が六百万程あり、半分以上は財形貯蓄に廻っていて、私としてはそれを崩すのは致命的であると思ったので、私からは二百五十万支払って、それで勘弁して貰いたかったのだが、受入れて貰えず、仕方が無いので、残りは私の親からとれと突っぱねてしまった。 後で聞いた話だが、彼女が嫁入り道具に持って来た電化製品等を私の家族が引き取って、残額を渡したらしい。 その後は以外とスムーズに運び、翌月の初旬には離婚届けの提出も済み私達は正式に離婚してしまった。 その時も私は結婚した時と同じに、中学三年生の時のスキー旅行の時のEのあの言葉を思い出していた。「柳田は絶対女で失敗する」。

自分の住んでいた所は、先にハワイから戻った兄の家族が住んでいたし、仕方が無いので私は裏庭に建っているアパートの一室に収容された。 二月の寒い日だった。湯沸かし器が無いと母に言うと、怒って「ここはハワイじゃない」と言った。たまらないので、荷物を纏めて家を出る事にした。 それから暫く高井戸のアパートで暮し始めた。 その頃別れたた女房も、実家の近くにアパートを借りて暮し始めた。 どう言う訳か自分も引っ越しを手伝った記憶があり、その時ハワイで一緒に仕事をしていた少年院上がりの漬物屋のKが手伝いに来ていた。 それでも、私は未だその時二人が関係がある等と思ってもみなかったのである。 その後少し経ってから、私が別れた女房のアパートを訪ねる機会があり、その時女房が関係を迫って来た時に、マリファナを吸うか私に聞いてきたので、その時はKの奴から貰ったんだなと思った程度で、わざと私が、「そんな物誰に貰ったんだよ」と聞くと、以前ハワイイで住んでいたテラス・ハウスに住んでいた私も仲が良かった、日本人と韓国人のハーフのホステスの名を出して、「J子にハワイに居た時に貰ったのよ」と言ったので、Jが普段はマリファナを吸う様な女ではない事を知っていた私は、「あいつはマリファナを普段は吸わないのに、お前にくれる訳無いだろ」と言ったのでだ。 すると、彼女が急に慌て出したので、何かおかしいと思い、それ以上詮索もせずに、大体私は日本でマリファナを吸っている程暇でも無かったし、マリファナを吸いながらセックスする趣味も無かったので、私は急に白けてしまい帰って来てしまったのである。 その後少ししてから、私はその漬物屋のKの女房から呼び出され、お宅の奥さんと家の主人が浮気していると評判になっていると文句を言われる迄Kと女房が出来ていた事に気付かなかったのだから、「俺も間抜けなもんだな」とその時思ったのを覚えている。 文句を言われた時は、既に離婚届けを出した後だったので、奥さんには「離婚した人間の事は申し訳ないけど、責任は持てない、だからと言って俺が貴女と寝る訳にも行かないし」と断った。 誰かと出来ているのは知っていたが、まさかKだとは気が付かなかった。 そう言えば、自分達が帰る時空港にKが送りに来ていて、涙を流しているのを見て、変な奴だなと思ったが、女房と別れるのが寂しくて泣いていたのだと思った。

学生時代もそうだったが、その時も私のテリトリーで仕返しをしようとし、人間関係を壊してしまうのはどうも彼女の性格らしいと、その時確信したのだ。 その後私が、所沢に住んで居た時も何回か電話で復縁を迫られたが、その度に彼女は酔っぱらっていたので、酔っ払いが嫌いだった私は一度彼女を怒鳴り付けてしまい、それっきり電話も無くなってしまった。 私が沈黙を守り続けたので、母等は真相が知りたかったのか、それとも只の好奇心だったのかは定かでないが、常に鎌を掛けて来たが、その後十年以上私は押し黙っていて、母が事実を知ったのはつい最近の事である。 風の便りに彼女も再婚して子供が出来て幸せに暮していると聞いた時は、私も心の何処かに引っ掛かっていた重荷が取れて少し楽になった。

その後、ハワイに居た時離婚の原因になったMが追い掛けて来て一緒に暮す事にした。 その時のアパートが二人には何とも言えず狭いので、会社から金を借りて所沢にマンションを買い、引っ越した。 その時も、母から三百万円を一月半借りただけで、兄弟から文句が出た。 私は一月後に、結局は後で母が現金で返してくれたが、利子を付けて三百五万の横線小切手を作り、持って行った記憶がある。 Mとは一年一緒に居たが、彼女はある大きな新興宗教に入っていて、私の持っていた十字架は捨ててしまうし、母親が日本に訊ねて来た時、会の支部に、私が信教の自由を与えないと虚偽の訴えを起こし、或日自分が家に帰ると、私がなけなしの金で近所の家具センターで買った炬燵にその親子を含めて五人の人間が入り、宗教論争が始まった。 私はその連中に、「私は仏壇の部屋も与えているし、幼児洗礼のカトリックだから私の年と同じ位の歴史しか無い宗教に転向する事はない」と言って説明した。 最初の内は宗教論争を仕掛けて来た人達も私に歯が立たないと思った途端、親子に鉾先を向けた。 その次の日家に戻ると二人の痕跡は跡形も無くなっていた。

それからが苦労の始まりだった。 これが所謂「群の制裁」と言うものなのか、独身の時は何人の女性と付き合おうが、誰も何も言わないが、一度離婚すると、途端に付き合う女性の数を数え始めるものである。 所沢の生活は大変だった。経費を払うと、可分所得は僅か数万円という生活だった。 ある時、自分のその時所属していた商事部で、御中元の内見会があり、その後場所を提供する店側の担当者と飲みに行き、酔っぱらってしまい、知らない高級な店に迷い込んでしまったい、散財を余儀無くさせられてしまった事がある。 それが元で、折角新調しようと思っていたスーツを断念する事になってしまったのである。 その後、珍しく法事に呼ばれ、袖口の擦り切れたスーツを着て行った私を父が見て、「馬鹿にしてるのか」と怒った事があり、私には「馬鹿にしているのでは無く、買えないのです」と、答えるしか無かったのを今でも覚えている。 それ以来私は、村八分ならぬ村十分になってしまい、家族写真にも入れなくなってしまった。 一度家族写真の話を父にした事があるが、その時父が言ったのは「誘ってもどうせ来ないだろ」という一言だけだった。 私の父母とはいつもこんな風なのである。

新事実発見、舐めやがって、詐欺野郎

  • 2013.01.24 Thursday
  • 14:02
最近何故か日本の事が気になって、相続が始まったらこの兄弟の状況で参るななんて考えていて、女房にも相続放棄していいかなんて訊いたりして、母親の葬式にも出たくないななんて考えていたら、 ふと以前から気に掛かっていた白馬綜合開発が分譲したみそらの別荘地の事を思い出した、 どう言うわけか10年前の親父が死んだ時の相続リストにも記載されていない、 だめもとで会社のHPにアクセスしてみると白馬綜合開発への直接の問い合わせのページがあるではないか、 早速問い合わせを入れると昼過ぎに担当の女性が返事を呉れた、 ご丁寧にも登記簿写しまで添付してくれた、 なななんと、所有権は母親以下長男兄嫁、姪っ子二人に二回に分けて贈与されているではないか、大体何かおかしいなと思うとこれだよ、やっと謎が解けた、祖母が文筆登記した孫四人の土地の長兄の部分だけが、所有権移転していた原因が、俺が母親に嫁の分際で先祖代々の土地を売るとはけしからんと詰め寄った時の長兄の態度、別荘地贈与の賄賂で結局買収されていたってわけだ。 【柳田家は狂っている】 ここまで馬鹿にされて、俺が協力すると思ったら大間違いも甚だしい、舐めるのもいい加減にしろってものだよ、

科学で解明出来ない部分は信じるしかない、、、

  • 2010.11.27 Saturday
  • 11:41
JUGEMテーマ:人生論

以前女房が病院に付き添ってくれた時、一生懸命この病気について女房に説明しようとする僕を見て、医者が女房に「彼はストーリーの半分も判ってない」と言った事があって、その時、「そうですね、全てのストーリーを判ってるのは、天上の人だけですね」と嫌味の一つでも言ってやりたかった時があったが、今回の血液検査の結果をみても、結局は何も判っていない事が判る。

僕が一度人生を白紙に戻して考えようと家に引きこもって、哲学とは自分で考える事だと思いつき、その時本屋で澤瀉久敬先生の『「自分で考える」ということ』 を発見して感激した記憶がある。
その後、祖父の柳田國男の研究を始め、自分がカトリックであると言う事もあって、「信じる事」ってのも欠かせないなと思い、「自分で考える事」と「信じる事」の二点に戻って人生をスタートした事があった。

この頃も偶然とは思えない出来事が色々あり、矢張り信じる事は素晴らしい事であると言う日々が続いたものである。

それから10年後に今の女房に出会い全く違う人生をスタートする事が出来たのは奇跡に近いと今でも思っている、このタイトルの「捨てる神あれば拾う神あり」と言うのも女房との出会いから来ている位である。

今回血液検査の結果を見て、何故かあの悩み狂っていた時期に、体験した偶然とは言えない数々の事を忘れていた自分に気がついた。

女房の近視矯正手術の前の週ひどいフルーに罹り、20年前に同じような体験をした事は前述したが、今回の結果を見てこれは偶然ではないと思わせるに充分なインパクトを感じた。

血液検査の数値が向上

  • 2010.11.26 Friday
  • 06:53
JUGEMテーマ:人生論
 本来僕の血液癌(マクログロブリン血症)の事については、リンクにあるヤフーの愛と死を見つめてブログに書いてるのだが、今回は特別にこちらでも発表させて頂く。

と言うのは、昨日結局症状が出なければ何も出来ないんだから、わざわざ医者に行ってもしょうがないんだよな、なんて思いながら嫌々ながら出かけたら、医者が上機嫌で、数値が良くなったと喜んでいるじゃないか、発症したと言うか、血液検査で偶然発見した3年前の数値に迄戻っていた事は確かなんだが、とは言っても通常の10倍以上の値である。

悲しいかな数値が良くなっても悪くなっても原因がわからない、医者も血液検査続けるかいなんて飽きて来たみたいだし、神のみそ知るって奴ですな、

それにしても摩訶不思議、細胞分裂とともに増えるがん細胞が減るってのは、今まで水銀計と同じに一度あがったら下がらないと言われていた数値が三年前の数値に一気に下がるとは、、、

先々週フルーで高熱を出したから癌細胞が死んだかとか、先週血液採取の前に窒素瞬間凍結で左足ふくらはぎにあったほくろ状角質化皮膚を除去したから良かったのかと、素人丸出しの考えしか浮かばないのが残念だよね。

女房の誕生日に想う

  • 2010.11.23 Tuesday
  • 06:15
lily JUGEMテーマ:人生論


昨日で女房も35歳、10年近い人生の遅れを取り戻し、人生の最盛期にかろうじて間に合った感がある。
これからの10年間は彼女にとって重要な10年であり、特にあと5年間は10年後の安定の為に礎となる。

半年乃至1年休職して日本で職を探したりしてリラックスなんて考えもあったが、今の時点でキャリアーを中断する事は得策でないとの判断に至った。

従って、女房の為には少なくとも後5年間はシニアポジションでスーパーバイザーのスキルを身に付ける事が重要であるとの結論に達した。

考えさせられるね

  • 2010.11.18 Thursday
  • 07:01
JUGEMテーマ:人生論

女房が大学を遅ればせながら卒業し、会計士の資格を取り、今回近視矯正の手術まで受けて意気盛んである、結婚も11周年を迎え、女房ももうすぐ35だし、あと5年は積極的にキャリアー志向で進み40からは安定型の生活なんて言っていたが、当初は女房は燃え尽き症候群、僕は空の巣症候群なんて言ってた内は良かった。
落ち着いて見れば、女房は自信を取り戻し、怖いものなしの状態であり、僕はと言えば、血液癌をかかえ年取るばかりじゃないか。

あの思い出すだけでも忌々しい還暦パーティーの時も、ワンディケードなんて言っていたのを思い出すが、それから既に2年が過ぎ、第二のステージを迎えた感があるね。

気がついたが自分のこともたまには考えないと、女房にとっても重荷であり、僕にとっても充実感の欠如は否めない。

今回近視矯正が無事終了し、口やかましい僕に「私たちは結婚した夫婦であり、親子じゃないんだから、あなたは心配し過ぎよ」と反抗的態度を見せた女房を見て、女房が会計士の資格を取ったなんて悦に入ってる場合じゃないなと実感した次第である。
 

へとへとや

  • 2010.11.13 Saturday
  • 06:24
JUGEMテーマ:人生論

女房の近視矯正手術につきあったらへとへとになりました、

通常のレイシックと違ってASL advanced surface laserって言う方式で、角膜を切り取る事なく矯正できると言うのが特徴らしい、、

そのかわり、回復に3,4日掛かるってのが難点みたいである、

手術現場にガラス越しに手術台を見ることが出来る小部屋があって、スクリーンがこちらを向いていて、そこに拡大された眼の部分と医者の手術用器具が見える、かなり乱暴に表皮を剥ぐ作業をみるとあまり自分ではやりたくないなと思う、、

最初、これはレーザーで全て処理して、手作業は無いみたいなふれ込みだったのだが、何のことはない、表皮を剥ぐのは手作業じゃんか、それに、涙腺を開いておくためにブルーの針状のものを下まぶたの内側に埋め込むのが見えた、プラグと呼ばれている新技術らしい、

まぁ、手術はこんなもんなんだが、帰ってからが大変、
最後に与えられた精神安定剤で女房はまともに立ってまっすぐ歩く事すら出来ない、泥酔している人間みたいである。
その上、帰ってから再び3錠与えろと言うから完全ラリっている、

麻酔が切れたら大変、しきりに痛みを訴える、仕方が無いので少し早めに痛み止め、、
開かない眼に抗生物質の目薬と潤滑用の目薬をかろうじて差す、、

これが数時間おきに夜まで続いた、一時は完全にコミュニケーションがとれないので心配になったりしたが、トイレに連れて行ってやってから少し意識が戻ったみたいである、

夜中の3時に痛み止めを与えて朝は7時頃再度痛み止めを欲しがった、
目薬をして、アイスパックで冷やす、、
未だ眼が開かないとぼやいている、

いつも飲んでいるりんごジュースとミルクティーを与えて少し安心した。
 

ストマックフルー

  • 2010.11.07 Sunday
  • 04:45
JUGEMテーマ:人生論

ストマックフルーが何故人生論なんだなんて疑問を抱きつつ、つい、、

参りました、すっかりウイルスが胃に来てしまいました、夕べから何も食べられません、水を飲んだだけで下痢です、

熱っぽいので頭を氷で冷やしたりしてたけど、おなかはごろごろ言い続けるし、そんじゃおなかにホットパッチ、ビーンバックをマイクロウェーブで温めて乗せたら気持ちがいい、そのまま熱でウイルスが死ねば都合がいいんだけど、そうは問屋が卸さない、、
夜中の3:15分トイレに立ったのを最後にうなされることもなくなったので、治ったかななんて思ったけど、駄目みたいですね、取り敢えず流出した水分補給の為にグラス一杯の水を飲んで様子見しています、今のところ直結と言う感じではありません。

女房はオリンピックパークで開催される10キロランに参加するんだって、頭痛がするとか腹が痛いと言っていた割りに元気で、やっぱ若いっていいね、免疫保持者、、、

明日近所の医者に別件でアポとってあるんだけど、大丈夫かな、、
 

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